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2008年01月26日
江戸時代の拷問(1)

「石抱き」の様子
■江戸時代の拷問
江戸時代には悪人から自白を得るために拷問を行っていました。主に死刑が確実であるにもかかわらず自白を行わないものに対して行われたといいます。
拷問というものは罪を白状しない悪人に自白させるために行うものであり、本来ならば行わないのが理想であり、やむを得ず行われるものでした。そのため、手続き、手順はかなり厳密に定められており、下の者の勝手な判断で行われたりすることは無かったようです。また常に医師の監視の下に行われており、拷問により囚人に問題が起こった場合には直ちに処置が施されました。
江戸幕府最後の南町奉行与力、佐久間長敬が「拷問実記」という文章をあらわしており、それには拷問の手順から実際の方法、実例に至るまで詳しく記載されています。
■拷問の種類
戦国時代、江戸時代においては駿河問い、水責め、木馬責め、塩責めなどのさまざまな拷問が行われたが、1742年に公事方御定書が制定されてからは笞打・石抱き・海老責・釣責の四つが拷問として行われた。(Wikipedia「拷問」より)
「笞打ち」「石抱き」「海老責め」「釣責め」のうち、「笞打」と「石抱き」は「牢問」といわれ、「海老責め」「釣責め」は、とくに過酷な為に「(狭義の)拷問」と呼ばれていたそうです。
拷問の順番はまずは「笞打ち」と「石抱き」。それでも自白に至らない場合には「海老責め」「釣責め」と過酷な拷問の仕方に移っていきます。
■笞打ち
江戸時代の拷問初級編の「笞打ち」(むちうち)は簡単に言えば棒でひっぱたくというもの。
まずは、囚人の上半身を裸にしてから両腕を縄できつく縛り上げ、動けないようにその縄を二人の男が引っ張ります。これだけで、相当に苦痛であるらしく、泣き喚くものもいるとのこと。
縛り上げるのが終わると拷問棒(箒尻(ほうきじり)=竹を麻で補強した棒)で肩の辺りを思い切り叩く。二人で叩くこともあり、しばらく叩くと血がにじみ、流血に至るといいます。血が流れると砂を塗りこんでさらに叩くことを続けます。
150~160回も叩いても白状しない場合は次の「石抱き」に移ります。
■石抱き
江戸時代の拷問中級編は「石抱き」です。まずは柱の前に三角形の木を置き、その上に囚人を座らせ柱に結びつけます。これだけでも木が足に食い込んで痛そうですが、さらに腿の上に重い板状の石を載せていきます。そして、白状しない場合は、すこしづつ枚数を増やしていきます。
五枚ほどで石があごに届くくらいになり、たいていの囚人は余りの痛さに口から泡を吹いたり、血を吐いたりした挙句、気絶するそうです。一日に行う時間は三~四時間にわたったといいます。
それでも白状しない場合は日を改めて毎日一枚づつ石の数を増やしていき、最終的には十枚にまでなります。六、七枚にもなると死に至る場合も少なくありませんでした。
拷問は自白を得るために行うものであり基本的には死なせてはならない訳ですから、死に至るかどうかを見極めなくてはなりません。その判断ポイントは体の色の変化だそうで、徐々に足から腰、背中にかけて色が蒼白になっていき、腹部まで色が変化したらストップして医師に見せるそうです。
江戸時代の拷問(2)につづく
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